大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)7号 判決

大阪市北区堂島浜二丁目一番四〇号

上告人

サントリー株式会社

右代表者代表取締役

佐治敬三

兵庫県西宮市宮西町一〇番二九号

上告人

株式会社 甲南カメラ研究所

右代表者代表取締役

池上吉藏

右両名訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

同 弁理士

青山葆

河宮治

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行ケ)第九六号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一〇月一一日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人吉利靖雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

(平成元年(行ツ)第七号 上告人 サントリー株式会社 外一名)

上告代理人吉利靖雄の上告理由

一、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる特許法一三三条一項の適用を誤った違法がある。

1 上告人らによる拒絶査定に対する審判請求について、審判長による審判請求書の審判請求の理由について補正命令が発せられないまま(僅か三・五ケ月後審理終結され)上告人らに対し審判の請求棄却の審決がなされたことについて、原判決はその理由二1において、本件審決には、特許法一三三条一項、二項に規定する手続に瑕疵があるものであるが、審決は拒絶理由に対する出願人(審判請求人)の意見書に基づいて審判請求人の審判請求理由を推測し、これを審判の対象としてなされており、審判請求の理由は審判長が審判請求人に対してあらためて審判請求書に理由を記載することを命じるまでもなく明らかであったから、審決は適法である旨判示する。

2 原判決は、当事者系審判において審判請求書の請求の理由が実質的に何ら記載されず、かつ、補正可能なものであるので、審判長は相当の期間を指定して審判請求書を補正すべき命令を発する義務があるのにこれを解怠して審決がなされたという同一の事案について審判長の補正命令義務解怠をもって審決を違法とした東京高等裁判所昭和五二年(行ケ)第一八八号昭和五三年九月二一日判決の判断と相反するものである。

3 しかし、原判決が当事者系審判と異なり、査定系審判においては、特許法五〇条により拒絶査定の前提として出願人に提出の機会が与えられている拒絶理由に対する意見書に基づいて審判請求の理由を推測できるという一事をもって特許法一三三条一項の手続違背として、審決の違法事由となしえないというならそれは誤っている。

なぜなら、審決取消訴訟の第一審は東京高等裁判所の専属管轄であって事実審が一審級省略されている。その代わり、審判は技術的専門的知識を有する審判官によって、職権主義のもとで審理される審査の続審たる制度であって民事訴訟法の規定が多数準用されて、実質的に適正手続である要件を具備し、審決取消訴訟の前審たる性格を有している。

従って、拒絶査定に対する審判の審判長が審判請求人に対して、あらためて、審判請求書に理由を記載すべきことの補正を命じないで審判の請求を棄却する審決をすることは審判請求人の審級の利益を奪うに等しく、原判決のように拒絶理由に対する出願人の意見書に基づいて審判請求の理由を推測できるという一事をもって審判請求人の利益を奪うものではない特別の事情であるとすることは特許法一三三条一項の適用を誤ったものというべきである。

二、原判決には、特許法一三三条一項の解釈を誤り、ひいて憲法三一条に違背する違法がある。

1 原判決は、その理由二1において、審判請求書には、請求の原因が実質的に何ら記載されず、方式不備でありながら、審判長が相当期間を指定して請求の理由を補正すべきことを命ずることを解怠しても、審判請求から審理終結までに三・五ケ月の期間が存在したのであるから、審判請求人は審判手続において新しい資料を追加補充して、新たな主張、立証をする権利と地位を無視されたとはいえない旨判示する。

2 一般に、近代憲法の下では、人に不利益な処分をする場合には、「告知、弁解、防禦」の機会を与えなければならないという原則が挙げられる。憲法三一条の法定手続の規定も特許の審判手続について不利益な処分を受ける者に「告知、弁解、防禦」の機会を保障するものというべきである。

また、この弁解、防禦の機会の保障は、認定された事実が不利益にはたらく当事者にとって、不意打ちでなく、その事実を争う機会が与えられたといえるという形で実質的に保障される。

3 なるほど、審判手続においては、審理の基礎となる事実は当事者の主張に基づかず、また、当事者の主張に拘束されず、職権で資料を蒐集することができる(特許法一五三条一項)。しかし、職権で審理をして、当事者が申し立てない理由により審理したときは、当事者に通知し、相当の期間を指定して意見を申し立てる機会が与えられ、不意打ち防止の趣旨から、当事者に新たな主張、立証の機会が明確に保障されている(特許法一五三条二項)。

一方、拒絶査定に対する審判においては請求人に対し、審査の手続とその拒絶査定前の審理の状態をそのまま援用し、更に、新たな資料を追加補充して、新たな主張、立証をする機会を実質的に保障し、拒絶査定という審査の結論が不当であることを明らかにして、特許出願の発明が特許されるべきことを求める権利と地位が認められている(特許法一五八条、一五九条)。

4 そして、拒絶査定に対する審判において、審査手続で認定された事実が不利にはたらく請求人に対し、新たな主張、立証の権利と地位を認めて、その事実を争う機会を与え、不意打ちの審判請求棄却の審決を受けないこととして、請求人の新たな主張、立証の権利と地位を実質的に保障したものが特許法一三三条一項というべきである。

5 原判決は、審判請求から審理終結まで三・五ケ月の期間が存在したことをもって、右の審判請求人に保障された新たな主張、立証をする権利と地位を無視するものでないという。しかし、審判請求人の新たな主張、立証をする権利と地位を実質的に保障せんがために規定されたのが特許法一三三条一項であることに思いをいたせば、手続に瑕疵がありながら、審決の違法事由に該らないとする原判決は、とりもなおさず、審判請求人の審判手続において、新たな主張、立証をする権利と地位を憲法上保障している憲法三一条に明確に違背するものと言わなければならない。

以上

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